大切にしていくこと

テーブルに飾ってあった花が傷んでしまったので、玄関前に咲いていたどくだみを摘む。茎にはさみを入れたとき、思わず心の中でどうもありがとうと呟いてしまった。ただそこにあっただけのものが手を加えたこと(といってもはさみを入れただけだけど)、私のものになる。なんだかとても不思議な感覚だった。豊かだなと思った。

自分の育てたもの、近くにあるもの、親しいものが自分の暮らしの中に入り、彩られていく。華やかではないが、きちんと地に足がついた美しさがそこにはあり、その美しさを私は愛しいと思った。豊かだなと思った。そしてこの2ヶ月、私はこのような出来事をたくさん味わった。摘んだどくだみもそうだが、友人の育てたレモンや野菜たち、ふとしたタイミングで届く手紙や写真や音楽……。私がこれから大切にしていくものはこういう美しさであり豊かさ、ふぅと大きく息をはく。

どくだみを摘んだらものすごく土をいじりたくなった。ただ多肉植物さえ枯らす私にはなかなかハードルが高いのではないかと躊躇している。でもやってみたいと密かに思っている。

朝のルーティン

在宅勤務も5週目に突入した。緊急事態宣言が延長すると、自ずと在宅勤務も延長となる。そのためこの連休はお休みにもかかわらず、会社のメールをチェックしないとならない。ずっと家にいるからこそ、この連休は仕事のことなんか考えたくもなかったのに……。ちょっと、というか、かなり憂鬱、けれども仕方がないとやり過ごす。

先日ETV特集「緊急対談 パンデミックが変える世界 〜海外の知性が語る展望〜」をみた。その中でNY在住の国際政治学者イアン・ブレマー氏がこのような状況の中で平常心を保つにはどうしたら良いかというコーディネータの質問に対し、犬を飼うことです。犬は癒しになります。と真面目に答えていらっしゃったのが一番印象に残った。犬、犬ですかぁ、やっぱ犬だよね。他にもなるほどなぁと思うことを語っていらっしゃったのだが、もうこの答えがあまりにも素晴らしすぎて、全部持っていってしまった。世界のオピニオンリーダーのトークなのに、一番印象に残ったのはこれかぁと思うとなんだか申し訳ない気持ちになるのだが、自分の気持ちには正直でありたい。そしてもう一度見返したらまた別のことが印象に残るかもしれないと淡い期待を抱いている。

でもこの方がおっしゃる通り、こういう時に犬がそばにいるのはとても良いことだと思う。在宅勤務で生活のリズムが乱れるかと思いきや、私は飼い犬のるうのおかげでいつも以上に規則正しい生活を送っている。0630起床、るうのごはんをあげる。布団を片付け、家中の窓を開ける。お香を炊き、水を1杯のみ。深呼吸のエクササイズを行う。着替えて、顔を洗い、髪の毛を整える。0700頃、るうと1時間半から2時間、朝の散歩にいく。帰ってきて朝食を準備し、ゆっくり食べる。片付けて、歯を磨き、0930頃から仕事を始める。これが私の朝のルーティン、なんとまぁシンプルなことか。

今日から夏時間、起床時間を1時間早まり0530となった。おそらく夜はそんなに遅くまで起きていられない。何か一つ、夜のルーティンが朝に移動してくるだろう。それがまだ何になるか決めていないが、知らず知らずのうちに私の暮らしに馴染んでくるのだろう。暮らすとはきっとそういうこと、楽しみだ。

ついつい買ってしまうもの

3月、大切な友人と久しぶりに会った。写真集のたくさん置いてあるお店なのに、私たちは写真集を手に取ることもなく、ただひたすらにここ最近の出来事を語り合った。買い物の話もした。ついつい買ってしまうものって何?と聞かれたので、器とか花器かなぁと答えた。あぁ、でもあなたならそれはいいと思うよと言われたので、そういうものなのかしらとにっこり微笑んだことが今では昔のことのようだ。

2月にくにさきかたち工房の器をギャラリーに取り置いてもらった。取り置いてもらった日は荷物がとても重くて、その上大きいので割れてしまうのではないかと怖くなってしまい、持って帰ることができなかった。後で取りに行くねと話していたら、日本にCOVID19が少しずつけれども確実に忍び寄ってきた。私は会社の往復で心底疲れてしまい、とてもじゃないけれども会社帰りにどこかに寄って帰るなんてできなかった。そのうち会社が在宅勤務になり、外出に関し口頭でドクターストップがかかったりして、電車に乗って外出することもなくなった。見かねたギャラリーオーナーがこんな時だからこそ美しいものと一緒にいた方がいいと取り置いた器を送ってくれた。お心遣いに感謝するばかり、どうもありがとう。

早速朝ごはんを器に盛った。ラム酒に漬かったドライフルーツとナッツ類がたっぷり入った全粒粉を使ったケーキとカフェオレ、友人の作った不知火を盛った。あぁ、なんておさまりが良いのだろう。美しいなぁとうっとり見惚れていたら、我が家のビーグル、るうが前脚を出してきた。危ない、危ない。急いでテーブルの奥の方に器を置き、ゆったりとした心持ちで朝食を食べた。朝はどうしても小麦粉の甘さが欲しくなる。

友人と会ったのはCOVID19が日本をざわつかせはじめた頃だ。お茶を飲んだり、歩いてギャラリーを巡ったり、最後に夕ご飯を食べて別れた。今思い起こすとあの日が最後の休日らしい休日だったのではないかと思う。あの日以来私は友人と一緒に出かけてはいない。

 

イースターの夜に

イースターの夜、松山に住む大伯母に「主のご復活、おめでとう」と電話した。大伯母は私のゴッドマザーで修道院に住んでいる。

「今日はどうしていたの?」との質問に、私はyoutubeで大司教さまのミサに与って、その中のご説教がとても素晴らしく、思わず涙ぐんでしまったという話をした。大伯母はというと、学長神父さまが本来なら本部にいらっしゃるはずなのだが、移動禁止令が出てしまい松山から戻れなくなってしまった。そのおかげで今日はご復活のミサに与ることができたと嬉しそうに話していた。あぁそれは良いご復活だったねぇと私まで嬉しくなる。

COVID19の話もする。会社はいつまで在宅なの?見えないから怖いよねぇ、いつ終息するのだろうか、おそらく緊急事態宣言終了日は残念ながら難しいよね、と。またCOVID19後の世界はどんな風になるのだろうか?という話もした。おそらく今まで通りとはならないだろう、世界は確実に変わるだろうと。じゃあどんな風に?海外ではカード決済しか使えなくなった(あら私、カード持っていないわ)。テレビ会議や飲み会が普通になってきた(でもそれは便利だけど触れられなくて寂しいわね)でも会議はわからないけれども飲み会は今だけのことだと思うよ。(COVID19後は世界が良い方向に変わるかもしれないけれど、例えば環境問題についてみんなもっと考えるかもしれないし、今まで以上に他者に寄り添う社会になるかもしれない、でもねもしかしたら悪い方向かもしれない。世界が閉じてしまうかもしれない。排除してしまうかもしれない。そうならないようにお祈りしましょう)そうね、お祈りしましょう。こう約束して電話を切った。

大伯母は昨年米寿を迎えた。前向きで、どんなことも喜びに変えてしまう。そして世界をよく知っている。こんなおばあちゃんに私はなりたい。

柔らかい雨降る朝の日

柔らかい雨降る朝の日、私の在宅勤務は始まった。

ノートブックに今日のタスクを書きだし、定時にパソコンを立ち上げる。昨晩自身のパソコンで作業できるようにブラウザで設定したのだが、そのブラウザだと使いたい機能が使えない、使いたい機能が使えるブラウザで設定しようとすると今度はログインできず設定ができない。どうしたものかとシステムグループに問合せのメールを書く。会社からパソコンは借りていきているのだが、使い慣れていないため扱いずらいのだ。次に北京の同僚へ年度末の会計処理の進め方をすり合わせる。昨日、今日から在宅勤務になるという知らせを彼女にしたらとても喜んでくれた。当たり前だ、彼女は早く東京本部も在宅になるように願ってくれていたからだ。マスクを必ずしなさい、人混みは避けなさい、満員電車を避けなさい。いい?中国は都市を封鎖したけれども、それは経済発展よりも人命を守るという政府からの意思表示なの、それくらいこのウィルスは未知で恐ろしいものなのだから。メールを送るたびに心配する言葉が添えられていた。お互い励ましあって乗り切りましょう。昨日のメールの最後はこんな言葉で締めくくられていた。公表する資料をウェブにアップし、パリの後輩に資料を送った。いつもやっている作業にも関わらず、いつも以上に時間がかかり、あっという間に時間が過ぎていく。出来ることだけすればいい。そう自分に言い聞かせ、ゆったりと呼吸をしてお昼休みにした。

午後、ようやく自分のパソコンで作業ができるようになった!万歳、これでだいぶ効率が良くなるはず。15時からのオンライン&電話会議に向け、準備を進める。2月末までは週1回会議室に集まって行なっていたのが嘘のようだ。グループのメンバーはビデオで、そのうちの一人のパソコンとスピーカーをつなぎ社外の人とは電話会議。世の中本当に便利になったものだ。資料を送った方から1通のメール、ダウンロードしたもののファイルが文字化けして何が何だかわからない。自分のパソコンでチェックした時は何の問題もなかったのに……。急いで資料ファイルを取りまとめ再送する。会議開始5分前。間に合ってよかった。会議が始まる。通常私は出なくていいのだがせっかくの機会なので、参加することにする。同僚からチャット、タイプ音と音楽が聞こえているのでマイクはミュートにした方が良いと。やってしまった。スピーカー、パソコンから離れているのに音を拾うのかと逆に驚いた。タイプ音はワシントンにある需要者団体との来期の支払いについてメールのやり取りをしていたからだ。こんな状況だし、来期は紙ベースではなくPDFファイルで契約書も請求書も取り交わすことにした。新しい契約書を送る時在宅勤務がちょうど決まり、支払いが遅くなるかもと伝えていた。今日その返事が届き、こんな状況だし心配しなくて大丈夫とのことだった。在宅勤務期間を伝え、このままなら着金日はこの日になると連絡した。ここ最近彼とのメールの結びはi pray for you, your family, your friends and your colleagues. 毎回この文章、でも書かずにはいられない。メールでのやり取りしかしたことがないが、こういう風に祈ることができる人がいることはとても幸せだ。そうこうしているうちに会議が終わる。最後、グループのメンバーと打ち合わせる。顔を見て話をしたらほっとした。好きでも嫌いでもない。けれどもこの人たちは私の日常なのだ。その日常が在宅勤務となったことで急に引き離されてしまい、気づかないうちに私は不安を抱え、今日一日を終えようとしていたのだった。仕事が捗らない理由もここにあったのかもしれない。それがわかったことで安心し、私はパソコンを閉じた。

夜、明日の朝に食べるケーキを焼いた。全粒粉とドライフルーツ、そしてナッツの入った滋養溢れるケーキを焼いた。今部屋はその匂いで満たされている。

 

 

 

喪失から慕情へ

友人の作ったレモンを使ってマーマレードを作った。ジャム類を作るのは久しぶりで、手順を忘れているかと思ったら、思いの外身体が覚えていた。必要なグラム数、どのくらい煮詰めればいいのか、その時の状態を確認しながら作業を進める。柑橘類は煮詰める時間を見極めるのが難しい。足りないと緩すぎてソースみたいになるし、煮詰めすぎるとピールのよう固くなる。ここだという瞬間で火を止め、冷めるのをじっと待つ。しばらくたってから蓋を開ける。マーマレードはゼリーのように緩く固まっていた。いい塩梅、思わず顔がにやっと笑う。

こまごまとしたことをやることが私の暮らしの一部だったが、父が亡くなってからというものすっかり遠ざかっていた。最初は全くやる気も起きなかった。少し時間が経つとやろうかなと思たりもしたが、なかなか手をつけられず、やらずじまいだった。それがようやくここ最近になって再び暮らしの中に取り戻し始めている。もしかしたらそれは、父を亡くしたという喪失がようやく癒え、懐かしく、そしてようやく父と過ごした日々を愛しく思えるようになったからなのかもしれない。

美しいと思うものを。

私が美しいと思うものを私は表に出していくから、

あなたが美しいと思うものをあなたは表に出して欲しい。

私とあなたは違うから、

私の思う美しさとあなたの思う美しさは違っていていいのだ。

 

私はその違いをあなたと語り合いたい。

そして私はその違いを大事にしていきたい。

le20.01.2020

新しい友だちができた。

彼は信号も橋もない島で

農と人をつなげることを生業としている。

快速船に乗り一つ隣の島に行けば

彼を紹介してくれたゲストハウスを営む友人たちが住んでいて

その島から橋を渡り一つ隣の島に行けば

ゲストハウスを紹介してくれた友人が住んでいる。

その島には商船学校があって

会ったことのない大伯父が戦前通っていた。

彼から島の早生みかんを購入した。

小さくて酸っぱくてそして甘かった。

中身が美味しいといわずもがな皮も美しい。

もったいなくて捨てられず

乾燥させて手元にあったタイの手紬糸を染めた。

染液は早生みかんの皮そのものの色だったのに

糸は爽やかな黄色に染まった。

そしてその糸を使って私は小さな布を織りあげた。

誰かの手が作ったものが

何かの縁で私の元に集まり

その集まったものを使って私は作品を作る。

私はその行為をこれからも暮らしの営みの中に取り込んでいく。

しまなみより早生みかん

le03.09.2018

昨年、友人に分けてもらった柏葉紫陽花。花が終わったら直植えにしようと思っていたのだが、あまりの暑さにやる気が全く起きず、綺麗な枯紫陽花となってしまった。もう少し涼しくなってからやろう。くれぐれも寒いからやらない、ということにならないように。自戒の念を込めて。

そういえば5月、台湾に行ったのだが、いたるところに蓮の花が咲いていて、今シーズンは蓮をまた育てようと意気込んでいたのだが、この気持ちも暑さで吹っ飛んでしまった。来シーズンこそ必ず育てる。決意表明をここにする。